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【お葬式コラム】「むかし、むかしのお葬式」明治時代~大正時代

コラム2016.06.28

こんにちは、八光殿の廣藤です。

現在、「家族葬」「一日葬」「音楽葬」「宇宙葬」など、
様々な形のお葬式を耳にする機会が増えています。
今後も思いもしない新しいお葬式が生まれてくることと思いますが、
では、「むかし」のお葬式は一体どのようなものだったのでしょうか。
今のお葬式を考える前に、
およそ100年前「明治時代~大正時代」にかけてのお葬式についてみていきましょう。

明治時代は、神仏分離・廃仏毀釈などにより
一時仏教界は大打撃を受けたと言われています。
しかし、江戸時代より続く檀家制度による背景もあってか、
仏教と人々との関わりを取り除くことはできませんでした。
その後、仏教式葬儀は変わらず行われていきます。

明治時代のお葬式は自宅で通夜・出棺、
葬列を組み寺院や墓地に行き葬儀儀礼を行うというものでした。
この頃の葬儀では家の大きさを世間に示すため、
さらに跡継ぎのお披露目する場として
派手に行われたといわれています。

一方、明治時代の思想家「中江兆民」は、
自身が発表した『無心無霊魂』の中で
「葬式は行わざる事」と書いたといいます。
そこで、家族、友人、門下生たちは相談したうえで
宗教儀礼を除いた「お別れ会」を行います。
これが今行われている「告別式」の最初の例と言われています。

明治時代華美化していた葬儀も
大正時代になると徐々に変わってくることとなります。
明治時代は大々的な葬列を主とした葬儀形態が民衆にも広がり、
そんな葬列の際にはたびたび交通道路が封鎖されるほど。
それに対して批判が出始めたこともあってか、
都市部をはじめ葬列が廃止となり代わりに
霊柩車が用いられるようになりました。

葬列廃止また霊柩車の普及に伴い、
寺院で行っていた葬儀も自宅で執り行なわれるようになっていきます。
自宅に祭壇を組み仏教儀式を行う「葬儀」、
その後、親族・会葬者によって行う「告別式」が一緒に行われるようになります。
現在の「葬儀ならびに告別式」という形は、この頃に成立していました。

中江兆民の「告別式」では宗教色がないものとして行われていましたが、
大正末期には徐々に宗教儀礼を取り入れた告別式となり
人々に広まっていきました。

現在私たちが主に知るお葬式の形も元をただせば、
当時の人々の想いから生まれ、
ライフスタイルに合わせ変化してきたものといえます。

霊柩車寺院お坊さん

お葬式の形はこれからもどんどん変化していくものと思われます。
しかし、それは大切な方を想う、人の「想い」が表れているから。
そんな皆様の想いを実現するために、
今後も八光殿では様々なご提案させて頂きます。

まずは、小さな疑問からでもお応えさせて頂きますので、
お気軽に八光殿にご相談ください。

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葬儀・お葬式・家族葬は八光殿にお任せください。